不公平だし不平等

エッセイ

私の中には大きなマグマがある。それに触れ爆発してしまうと私の肉体は30年くらい歳を取ってしまいそうで中々触れられない。大袈裟かもしれなが、少なくとも脳みそに大きなプラズマが走ってショック死してしまいそうなのだ。

たまに私と距離を保ちながら「それが見たい」「出せばいいのに」と言いっぱなしの人が現れる。しかも心配そうな顔をしてエールを送ってくる。

私は

誰だ、おまえ。

(○ね、と心でつぶやく)

そんなこんなで、自分が思う自分と他人から見られている自分は大きく違う。まるで大海原に出てあらゆる生き物を眺めたり逃げたりしているかのよう。自宅のドアから出たらそこはもう命綱のない状態で泳いでいるようなものなのだ。

実験したわけでもないから確証はないのだけど、私は環境と人の変化に弱い。どんなに仲が良くて同じタイプの人間でも四六時中一緒にいたら心身消耗する。

これがもしかして○○っていう精神的な病気かもしれないと疑わないし、診断されたくもない。日に日に変化している私はこれからも流動的に生きたいからね。

そんな自分もたまーに他人と比べて不公平だとか不平等だとネチネチしてしまうのだが、基本的に自分中心で生きているとそうは思わない。だって、自分大好きになったらどんなに人生楽しいだろう?と去年から人体実験していて、今の所それが成功しているから。

そうすると自分の中にあるマグマも妙に愛せるんだ。よく、特に昔は「やりたいことがあって良いよね」とか「歌うたっているの羨ましい」と寂しい目で言われた。当時の私は物凄くショックで「性格や生き方が違うだけで不平等が生まれるの?」と悲しくなった。

生まれた場所が違うだけで、、不自由な体を持っただけで、、、それだけで不公平とみなす大人たちが理解できなかった。私も結構ビビリだから言えなくて。この環境で生きられなくなるかもっていろいろなジレンマ抱えたよね。

ある程度大人になった今どう考えているかと言うと、大人も子供も男も女も立場作りすぎなんじゃないないかな〜って思うんだよね。もちろん女ができないことだってあるし、歳を重ねないとできないこともある。それは不公平でも不平等でもないよ。

でもね、もっと純粋な子供の意見を聞いて大人が学んだりさ、社会的弱者が持っていた本当の才能とかさ、報われないことが多いでしょ。そうやって大小それぞれのコミュニティや社会生活の中で誰もが抱えている愛と優しさが十分に発揮できていないのではって思うんだ。

確かにリーダー的存在は必要なのだけど、私が生まれた時から権力や名誉に影響されすぎて、この世界の中心に誰がいるのか?本当の幸せは何なのか?って見えづらくなっているんだよね。

たまに気分転換して「あー幸せ」を味わうことが出来てもそこにい続けることが出来ずに忘れてしまう。そんな捉え所のない世の中だ。

だから、自分の気持ちを分かって欲しい。分かってくれない人には何かしら代償を払ってもらう。そんな人が増えて不公平だ!不平等だ!と訴える。

いや、本質はそこじゃない。

自分の気持ちを分かってあげるのは自分。自分を救うのは自分。本当の意味で幸せになるにはそこから始まる。

世の中的に言う不公平と不平等は誰かに向ける言葉ではない。区別されている頭の勘違いの罠を取らなければならない。

不公平にされていたんじゃない。

不平等にされていたんじゃない。

偉そうな人が憎いのは自分が作り出した感情だ。

その憎しみが更に偉そうな人の地位を高めていたんだ。

私も少なからず毎日世の中のことを勉強しているのでわかるのだけど、確かに生まれた場所や体の状態で生き方や寿命は大きく違う。何度も言うが、それは不公平でも不平等でもない。

私が思う不公平や不平等は一人一人を尊重しないこと勝手に上下関係を作ること世の中の動きに流されて同じタイプの人間になってしまうこと

私はそんな世の中の影響を受けている土地には住みたくない。自分まで馴染んでしまったら生きる喜びなんで微塵も感じられないし。

自分が変わり者と言われたって羨ましいと言われたってカッコいいと言われたって、どの角度から見て言っているのか分からないし、私は自分の中にあるマグマが他人に向かないように頑張っているのだ。

人間は恐ろしい。だけども、誰もが大きな優しさと愛を持っている。それらを大いに味わっている人間はどれ程いるのか?

私は今までほんの数%しか会ったことがない。その涙なしでは語れない思い出を抱えながら、今度は自分がそんな人間になりたいと思う。

まずは自分の内側を平和にするところから。

そしたら、自分のマグマも安心して噴出してくれるかしら?

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